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仙台地方裁判所 昭和33年(行)6号 判決 1961年1月24日

原告 大石敬二郎

被告 宮城県知事 外一名

主文

原告の被告知事に対する訴を却下する。

原告の被告賢蔵に対する請求を棄却する。

原告と被告賢蔵との間で別紙目録記載の土地が被告賢蔵の所有であることを確認する。

訴訟費用は本訴、反訴を通じ、原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、本訴につき、原告と被告知事との間で被告知事が別紙目録記載の土地につき昭和二十五年七月二日付で原告に対してなした買収処分並びに被告賢蔵に対してなした売渡処分はいずれも無効であることを確認する。被告賢蔵は原告に対し右土地につき所有権移転登記手続をせよ。との判決を求める旨申し立て、その請求の原因として、

別紙目録記載の土地(以下本件土地という)はもと原野として登記され、原告の祖父大石甚五郎の所有であつたが、同人は大正十四年三月十三日死亡し、原告が代襲相続によりその所有権を取得した。しかし原告は本件土地を山林として自然木である松樹の生育するに委せたまゝ、大正十一年以来東京に居住し、昭和十九年頃に帰郷し、肩書住所に居住して農業を営んでいたが、昭和三十二年十二月頃宮城県亘理郡山元町役場において、たまたま土地台帳を閲覧したところ、本件土地が被告大石賢造の所有名義となつていることを発見して驚いて調べた結果、本件土地が現況山林であるにもかゝわらず、被告知事はこれを畑と認定して原告に対して昭和二十五年七月二日付で自作農創設特別措置法(以下自創法という)第三条に基く買収処分をなし、これを前提として被告賢蔵に売り渡し仙台法務局亘理出張所昭和二十七年七月十二日受付第一〇九三号をもつて同二十五日自創法第十六条に因る売渡を原因とする所有権移転登記を経由したことが判明した。

しかしながら右買収処分は自創法による農地買収の対象外とされている山林をもつて買収目的不動産としたのみならず、その所有者である原告に対して被告知事は買収令書を交付せず、又買収対価の支払いもしないので、右いずれの点でも法律上重大かつ明白な瑕疵があるから右買収処分は無効なるを免れず、右無効な買収処分を前提として被告知事がなした被告賢蔵に対する本件土地の売渡処分も亦無効な処分である。

従つて右無効な売渡処分を登記原因とする被告賢蔵に対する本件土地の所有権移転登記は実体上の権利関係を反映しない無効なものである。

よつて原告は被告知事に対し、昭和二十五年七月二日付本件土地につき、原告に対する自創法に基く買収処分ならびに被告賢蔵に対する売渡処分の無効確認を求めるとともに、被告賢蔵に対し、本件土地につき所有権移転登記手続を求めるために本訴に及んだと陳述し、被告賢造の主張事実を否認し、

被告ら訴訟代理人は本訴につき原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、

被告知事代理人において

原告の主張事実中、本件土地がもと原告の祖父大石甚五郎の所有であつたこと、大正十四年三月十三日同人が死亡し、原告が代襲相続によりその所有権を取得したことは認めるが、その余の事実は否認する。本件土地は買収処分当時農地であり、被告知事は原告に対しその買収令書を交付し、対価の支払いもしたから右買収処分は適法であり従つて、これを前提として被告賢蔵に売渡したことも適法であるから、原告の請求には応じ難しい。

と陳述し、

被告賢蔵訴訟代理人において、

本件土地はもと原告の祖父大石甚五郎の所有であつたこと、同人が大正十四年三月十三日死亡し、原告が代襲して家督相続をしたこと、本件土地につき昭和二十五年七月二日被告知事が原告主張の如き買収処分をなし、さらに被告大石賢蔵に売渡処分をしこれを原因として所有権移転登記をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。本件土地は被告賢蔵の所有にかゝるものである。即ち、原告の祖父大石甚五郎は大正の初め頃より借財を重ね、その所有する田畑、山林等に抵当権を設定して融資を受けていたが大正の末頃にはその元利は巨額に達し、弁済期にこれを完済し得る見込もなく、これら抵当不動産は競売に付され、或は代物弁済に供される等のため同人の殆ど全資産が第三者の手にわたることが必至であつたので、同人の親族である訴外大石忠四郎、島田佐十郎、渡辺伝右エ門、斎藤利吉等の主唱によつて右甚五郎の債務を弁済するため同人の親族らが右抵当不動産および同人所有の不動産を、相当高価で買受けることとし、その代金を右債務の支払に充当することとなつた。本件土地は被告賢蔵の父大石富治が右協議により割当てられた金員を支払つた代償として大正十二年頃甚五郎から譲渡を受けた不動産の一部であつて、被告賢蔵は富治(昭和三十二年三月二日死亡)より生前贈与をうけ本件土地の所有者となつたものである。

仮りに右の主張が理由がないとしても富治は前記のように甚五郎の債務を代つて弁済した代償として本件土地を譲り受けたものと解して大正十二年中自己の所有地と確信して被告賢蔵に命じて松苗数十本を植林し、その補植、枝払い、下刈り等の手入れをしてその荒廃を防ぐ等の措置を購じて来たのであり、その間富治の所有につき部落民から疑念を抱かれることなく平穏かつ公然に占有を続け現在に及んでおり、右占有の始め善意であつて、過失がなかつたから本件土地の占有を開始した日から十年を経た昭和八年十二月末日を経過するとともに富治はその所有権を取得した。仮りに富治の占有が善意・無過失でなかつたとしても富治は所有の意思をもつて平穏かつ公然に占有してきたものであるから右占有の開始した時より二十年を経た昭和十九年一月一日その所有権を取得した。しかして被告賢蔵は前記のように富治より本件土地を贈与されその所有者となつたが、登記移転の方法として中間者を省略し本件行政処分によつたもので、原告は大正十四年三月十三日甚五郎の死亡によりその地位を相続により承継したに過ぎないから被告賢蔵に対抗しえない。

したがつて本件行政処分がともに無効のものとしても本件土地に対する被告賢蔵の登記は実体上の権利と合致しているから原告の自己に所有権があることを前提とする本訴請求は失当である。

と陳述し、

次に被告賢蔵訴訟代理人は反訴請求として、原告と被告賢蔵との間で別紙目録記載の土地につき被告賢蔵が所有権を有することを確認する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求める旨申し立て、その請求の原因として、

被告賢蔵が本訴において主張したとおり、本件土地は被告賢蔵の所有にかゝるものであるのに原告は被告賢蔵の所有権を争う。よつて本件土地につき所有権の確認を求めるために反訴請求に及ぶ

と陳述し、

原告訴訟代理人は反訴に対する答弁として反訴請求を棄却するとの判決を求め、被告の主張事実は否認する。

と述べた。

立証<省略>

理由

一、原告の被告知事に対する請求について、

およそ行政処分の無効確認訴訟は当該原告が無効確認を求める法律上の利益を有する場合に限り許されるものであることは多言を要しないところであるが、本件訴訟において行政処分の無効確認を求める法律上の利益ありというためには行政処分の存在により原告の現在の権利又は法律上の利益が害されもしくは権利、利益を不明確ならしめられる場合であることを要するところ、本件訴訟は文字どおり本件土地に対する被告知事のなした買収、売渡処分が無効であるとの事実の確認を求めるものと解すべきでなく、その本旨とするところは無効な右行政処分により、表見上原告の右土地所有権を喪失したかの如き現在の権利の不明確性の排除を求めるにあるものと解すべきである。しかるに、本件土地につき買収、売渡処分のなされた昭和二十五年七月二日当時において本件土地の所有権が原告に存したことは、原告と被告知事との間で争のないところであるけれども、後記認定のように、被告賢蔵が本訴において右土地所有権の取得時効を援用した結果、その反射として原告は右買収、売渡処分とは無関係に本件土地の所有権を喪失したこととなり、たとえ、本訴において右買収、売渡処分の無効確認の判決を得たとしても、すでに所有権を保全しうべき地位にないといわなければならない。

従つて、原告は本訴において右行政処分の無効を主張しうべき法律上の利益を失つたわけであり、被告知事に対する本訴請求は不適法として却下を免れない。

二、原告の被告賢蔵に対する請求について

本件土地がもと原告の祖父大石甚五郎の所有であつたところ、同人が大正十四年三月十三日死亡し、原告が代襲相続により、家督相続人となつたことは当事者間に争がない。

ところで被告賢蔵訴訟代理人は被告賢蔵の父富治が本件土地の所有権を取得し、被告賢蔵は同人より本件土地の贈与を受けたと主張するから考えるに、成立に争のない甲第三ないし五号証(登記簿謄本)、原告本人尋問(第一回)の結果により真正に成立したものと認める甲第六、七号証の各一、二(島田佐十郎より原告宛封書、なおこれらは成立に争のない甲第八号証により昭和二年末頃作成のものと認められる。)と証人渡辺伝右衛門の証言(第一、二回)ならびに被告賢蔵本人尋問の結果(第一、二回)によると、原告の祖父甚五郎は大正年間、事業に失敗して多額の負債を有し、祖先伝来の不動産の殆ど全部に抵当権を設定する有様であつたが、なお債務を弁済することができず、大正十二年頃には、右抵当不動産も第三者の手にわたることが必至の状態となつたので同人の親戚である大石忠四郎、島田佐十郎、斎藤利吉、渡辺伝右衛門らが中心となつて善後策を協議した結果、右財産の散逸を防止するため、親戚がそれぞれなにがしかの金員を出し合つて、右甚五郎の債務を代つて弁済することとになり、被告賢蔵の父富治(右甚五郎の四男で他家に入夫婚姻していた)も相当の金員をきよ出した。

こうして、甚五郎の債務を代つて弁済した者はそれぞれ甚五郎所有の不動産のうちいくらかを譲り受け(その法律的性質はともかくとして)、甚五郎の財産が親族以外の人手にわたるのを防ぐことができた。

更に証人大石広、阿部勇、阿部政助、斎藤貞蔵、斎藤要三郎の証言と被告賢造本人尋問の結果(第一、二回)ならびに検証の結果(第二回)とによれば、本件土地は大正十二年頃まで、その西南部分が、桜桃畑として甚五郎の長男徳の管理するところであり、その他の部分は荒地として雑木の繁茂するまゝに委せていたが、大正十二年頃から富治の管理するところとなり、同人は当時同人の婿養子となつたばかりの被告賢蔵に命じて本件土地に黒松を植え、その後は被告賢蔵が間伐、補植、下枝払い、下草刈り、根刈り等の処置を施して右黒松を育成したこと、更に昭和二十年頃には本件土地の東側部分の松樹を被告賢蔵において伐採して自宅の建築用に充て、その跡には同二十二、三年頃に松苗木を植えたこと、ために本件土地の現況は、その西側半分は樹令数十年の、東側半分は幼令の、各黒松の林を形造り、いずれも手入れの跡がみられ、自然の成育に委せたものではないこと、がそれぞれ認められる。

このような事実によつて考えると、大正十二年ごろ富治がみずから相当の金員を提供して甚五郎の債務を代つて弁済したことの代償として本件土地を譲りうけたと認めるには充分ではないけれども(この点に関する証人渡辺伝右衛門の証言はあいまいであり、にわかに信を措きがたいのみならず、前記甲第三ないし五号証と成立に争のない甲第一号証を対比しても本件土地は抵当権を設定したことがないから、前記の財産整理の対象とはならなかつたように思われる。)富治が本件土地につき占有を始めた大正十二年ごろから、被告賢蔵を占有代理人として、善意、無過失とはいえないまでも所有の意思をもつて平穏かつ公然に本件土地の占有を継続したと推認するには充分である。

もつとも、本件土地につき昭和二十五年七月二日付をもつて、自創法第三条に基き原告より買収する旨の買収処分、ならびに同法第十六条に基き被告賢蔵に売り渡す旨の売渡処分がなされたことは当事者間に争がなく、証人斎藤道夫の証言によれば、右行政処分は富治の小作人としての申出が動機となつたものであることが認められるからこのことから推せば、前記富治の占有は自主占有ではなく、当初はもつぱら甚五郎のため、同人の死亡後は家督相続人である原告のための占有であるかのように考えられないではないが、他方被告賢蔵本人尋問の結果(第一、二回)によれば、前記買収当時、本件土地のほかに被告賢蔵に対し売り渡されるべき土地が存したので富治としては、すでに自己の所有地であり(ゆくゆくは被告賢蔵の土地となるべきものであり、単に登記簿上甚五郎名義となつている本件土地をこれらの土地に含めて買収し、被告賢蔵名義に売渡を受け登記移転の目的を達成するのが得策と考え、坂元村農地委員会に対し本件土地の買収、売渡計画の樹立を求めたものと認められるから、右行政処分が富治の意思に由来する事実をもつてしては前記認定を覆えすことはできないしこの点に関する証人大石文子、羽太貞子の証言ならびに原告本人尋問(第一、二回)の結果は措信できず他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

そして被告賢蔵本人尋問の結果(第二回)によれば、同人は昭和二十七年ごろ富治から本件土地の贈与をうけたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

以上の認定事実によれば、富治は本件土地の自主占有をおそくも大正十二年末には開始し以後時効取得に必要な占有を二十年以上に亘り継続して来たわけであるから、おそくとも、昭和十八年十二月末日の経過と共に本件土地所有権の取得時効が完成したものというべきであり、同人より本件土地の贈与を受けた被告賢蔵が本訴において右時効の援用をなした以上原告はもはや本件土地に対する所有権を失つたものといわなければならない。

よつて、原告が本件土地の所有者であることを前提として、被告賢蔵に対し移転登記を求める本訴請求は、その余の判断を侯つまでもなく失当である。

三、被告賢蔵の原告に対する反訴について、

二において判断したとおり本件土地は被告賢蔵の所有に帰したことが明らかであるから、同人が本件土地につき原告に対し所有権の確認を求める反訴請求は理由がある。

四、結論

以上の次第であるから、原告の被告知事に対する請求は不適法として却下し、被告賢蔵に対する本訴請求は理由がないから棄却し、被告賢蔵の原告に対する反訴請求は理由があるから正当として認容することとする。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 飯沢源助 蓑田速夫 小泉祐康)

目録<省略>

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